エマ、最終話 完結10巻 感想
※ネタバレ注意です※
身分差や周囲の問題を乗り越えた、元孤児のメイドのエマと貴族の青年ウィリアムの結婚式である、ある一日を描いた話です。
招待客を招いての厳かな式では、静かな中にその時代の重みを感じます。
主人公のエマが夫婦となる誓いに自らの名前のサインを書く場面があるのですが、孤児だったエマには姓が無いため司教に指示されても書くことができません。
どうするべきかと悩むエマにウィリアムが、かつての自分の家庭教師であり、エマの恩師である故老婦人の名前をそっとささやくのです。
「先生もきっと許してくれる」
その言葉に亡くなった婦人への尊敬と思慕を感じて感動しました。
エマは老婦人の最後の教え子であり、身元を引き取った養母でもあったのだと、言葉と表情の裏にある思いがその一言にギュッと詰まっています。
その後に催される祝宴の華やかさは、まるで結婚式との対比のようです。
晴れやかな天気の元、美しく整えられた庭園でのガーデンパーティー。そこにはこれまでに登場した関係者が一堂に会します。
貴族も招待客も使用人も、身分差に関係なくそれぞれに会話と料理を楽しむ人々。無礼講ならではの様相の中で、それでも個性豊かに描かれる人々が見事です。
貴族階級の人々は大っぴらに騒ぐことはなくどこか取り澄ましているのに対して、庶民階級の人たちは大きく口を開けて歌い騒ぐし、山盛りの食事だってお腹いっぱいになるまで頬張ります。
ごちそうが残ったらもったいない、なんて言っちゃうのも庶民ならでは。初対面の人とだってお酒の勢いも手伝って、どんどん話の輪が広がっていくし、ノリと勢いで歌いだす終盤は、セリフが無くても本当に楽しそう。
たくさんの笑顔で最高潮まで盛り上がっている場面で話は終わりますが、その後に続く余韻を残すあたりも閉め方が上手だなと思いました。
最終話とあって、登場人物たちのその後に触れるような描写が多いのも、長い連載を見守ってきた読者へのご褒美のようです。
久しぶりに登場する人物が結婚してたり、まったく予想外の二人が親子だったり、予想通りの行動をする若いカップルが微笑ましかったり、もうそれだけで番外編がいくつも描けるんじゃないのかと思うほどです。むしろ隅々まで書いてほしいです。
個人的にはどこまでもクールで隙のない、先輩メイドのアデーレさんのその後が読んでみたいです。
酒の勢いを借りて少しだけ隙を見せるところとか、そこに落ちる男性の葛藤とか、妄想が膨らみます。
そしてなんといっても作者の作画が素晴らしいです。
作者の森薫さんは、みっちり細々と書き込んでいくのが好きと公言するほど、どのページも細部まで書き込まれているので、読むたびにその美しい作画に惚れ惚れします。
エマのウェディングドレスの豪奢なレースを始めとする、貴族たちの美しいドレスは、どの場面でも模様の一つ一つが丁寧に書き込まれています。
背景にしても白いコマのほうが少ないんじゃないかと思うほど背後が描かれているので、読み返す時にじっくりと見つめてしまうほどに綺麗です。
特に好きなのは調理場の背景で、壁のタイルの雰囲気と食器棚の上にさりげなく置かれているバケツや、コマの隅に小さく描かれている調理道具など、その時代の様子が感じられるのがいいです。
惹かれあって、でも身分差ゆえに何度も諦めようとして、それでも最後には愛する人のためにどこまでも努力を続けることを決意してウィリアムの隣に立つことを決めたエマの、ほんとうに最後の物語はとても美しく幸せなままで終わります。
もちろんこの先に続く未来には苦難も多いと思いけれど、そういった諸々を乗り越えられるだろうと思わせる二人の大大円を、これ以上なく幸せな形で終わらせてくれる話が大好きです。