花井沢町公民館便り、最終話 完結3巻 感想
※ネタバレ注意です※
生き物を通さない透明なシェルターによって世界から隔絶されてしまった町、花井沢町。
いずれ滅ぶことが約束されたその町を舞台に、時系列を過去へ未来へと行ったり来たりしながら進行してきた本作ですが、最終話の主人公となったのはやはり、花井沢町最後の生き残り・希です。
この物語はそもそも希が最後の一人になるシーンからスタートしていますから、この最終話の導入は予想できて然るべきものでした。
しかし、最終話までにまだ花井沢町に人がたくさんいた時代を見てきたからでしょうか、いざ最終話の始めに、希がボロボロの町をたった独りで歩いているシーンを見たとき、私は衝撃のあまり胸が苦しくなりました。
希の不必要にはきはきとした独り言が、余計に孤独を浮き彫りにさせます。
花井沢町には希しかいないのですから、今やこの町のすべてが希のもの。
そう言ってしまえば聞こえはいいですが、そう考えるには希の感性はあまりに正常で一般的です。
普通に恋愛して、少し働き、結婚して子供を産んで、といった正統的な生活にあまりにも向いている性質なのです。
外界の恋人である総一郎の存在は、確かな救いであるとともに、絶望の象徴でもあるのではないでしょうか。
しかし、「これから孤独に滅んでいくだけ」というオチにはならないところがさすがです。
厚労省の計らいで、総一郎と同居できる、境界をまたぐ家を建てることになるという流れはあまりにも予想外で、驚くとともにテンションが上がってしまいました。
家を建てるに至るまでの提案や会話の流れなどもあまりにも自然で説得力があり、ヤマシタ先生の構成力や表現力に改めて感心してしまいました。
家を建てることが決まってから実際に家が建つまでの間も、希のセリフや表情から、思いもよらなかった幸福に動揺し戸惑う様子が感じられ、あまりにリアルで読んでいるこちらまでどきどきソワソワしてしまいました。
さて、家が建ち、愛する者同士共同生活を始め、笑顔でハッピーエンド、となればいいのですが、ひときわ幸と不幸が二転三転する最終話では段々と不穏な空気が流れ始めます。
変わらないはず、平穏なはずの日常生活の中で、希が少しずつ感じ始める総一郎との齟齬。
そして、目の前の愛する相手に触れられない、触れたことがないという悲しい現実。
一日一日と積み上がり、ついに決壊してしまう感情。
壊れてしまいそうな様子の希を前に、総一郎の方もどれほど苦しい感情を抱いただろうと想像してしまいます。
そして物語は、いなくなった希を総一郎が探し回るシーンと、人の気配がなくなった町の様子を映し幕を下ろします。
最後のページの、光が灯らなくなった夜の花井沢町があまりにも印象的で、胸に残ります。
やはり悲劇、かと思いきや、白紙の見開きページを挟んで最後、「人間を仮死状態にして町内から町外へ出す実験」を検討するやりとりが繰り広げられ、本当の幕引きになりました。
たった1話の物語を読んだだけのはずなのに、感情が何度も揺さぶられ、まるで1本の映画を見た後のような気持になりました。ただの悲劇と一言で片づけられる物語ではなく、ただの悲劇では終わらないところも素晴らしいです。
そして、なんといっても最終巻の表紙。鋭い人は最初に表紙を見たときに気づくでしょうが、私は最終話を読み切ったあとに気づきました。
希が「境界注意」の文字の上に立って微笑んでいる表紙の絵。「境界注意」の文字は、下界側に書かれています。
つまり希は、花井沢町の外に立って笑っているのです。
希の失踪を描いた最終話のラストシーンに一旦は絶望した私でしたが、この表紙に気づいたとき、やはりこの物語の結末は悲劇ではなかった、と私は確信し、嬉しくて泣いてしまいました。