風と木の詩、最終話 文庫 完結10巻 感想
※ネタバレ注意です※
学院から駆け落ちして、パリの小さくみすぼらしい、アパルトマンに住み着いたセルジュとジルベールではあるが、彼らのビジュアルが全く対照的なように日々の行動や発する言葉、気持も真逆です。
葛藤ばかりの日常ですが、彼ら二人のツーショットはパリの風景や、アパルトマンの小さなベッドや、上下窓のある部屋にとんでもなく馴染んでおり、一つの完成された絵のようです。
しかし、精神はまるで違う二人です。セルジュはどんな環境においても、自分を失わず、そこにとどまるだけに限らず少しでも前進しようとします。
ジルベールは、自分の中の時間を止めています。ジルベールは一定の条件で保たれた水槽でないと生きていけない希少種の魚と同じなのです。
公園で寒い中ベンチでじっとしているジルベールにかつての知人で会ったボナールにも、やはり寄りかかってしまいます。
次に見せるシーン、ボナール邸のジルベールが泳いでいた泉が彼を生存させる全ての装置がついた環境と言えるのでしょう。
でも、ジルベールは、セルジュを選び、またあのパリのアパートに戻っていきました。
何度も衝突をし、失望も経験し辛いことばかりなのであるけれど、セルジュを愛しているのでしょう。
あのプライドの高いジルベールが自分を生かすべく水槽を飛び越えて、愛に生きることを選んだのは彼自身も信じられないことだと感じます。
魂レベルでお互いをもとめあっているのだと思います。
しかし、試練は襲います。あのジルベールを運命は放っておいてはくれないのです。
決して、彼は贅沢な水槽以外では生きられない種なのです。
パリの麻薬の売人が彼をターゲットにしていきます。
劣悪の環境下におかれたジルベールは愛だけではやっぱり生きていけない、彼は愛されるのであって、人を愛してはいけない運命にあるのです。
弱くなったところに忍び寄る魔の手に簡単に落ちていくジルベールです。
クスリを探し回り、つかの間の快楽で、生き延びている毎日です。
そして、相変わらず、複数の男たちに抱かれています。
もはや、彼の運命は絶対に誰にも変えることはできないのでしょう。セルジュにすら無理なのです。
実の父親オーギュストでも同じです。結果は最悪です。でも、衰えていくジルベールも実に美しいです。
彼なりの無意識な人生の美学があるような気がします。
そして、廃人になり、また売られていきますが、買い手がつかないほど弱った彼を、運命は残酷に見放します。
これが、美しく生まれすぎた彼の悲劇です。
最後にジルベールは馬車に乗った実父オーギュストの幻影を見ます。
彼が、本当に愛したのは、オーギュストだったのかセルジュであったのか、私には分かりません。でも、彼は言っていました。
「セルジュ、もどってきたよ」、「だいじょうぶ、もうはなれない」「ぼくはきみのもの」と確かにそう話したのです。
彼等は、引き裂けないのです。世界中の誰にも彼らを分かつことは不可能なのです。
鳥に姿を変えたジルベールはセルジュのそばからもう二度と離れることはなく、彼等はやっと二人だけの安住の地を得たのでしょう。
冷淡だった実父オーギュストも、ジルベールの亡骸を大切に大切に抱きしめてあげてあげたのだと思いたいのです。
ジルベールの運命はあまりにも残酷でもあります。
この上なく美しく生まれた彼の人生を助けられるものは、この地球上には誰もいなかったのです。
セルジュには、仲間はたくさんいたけれど、ジルベールには誰もいなかった、セルジュは愛を与えてくれたけれど、彼の心の支えにはならなかったのは皮肉としかいえないです。
読みおわったあと、彼等の美しいシーンの一つ一つが頭から離れません。
耽美な絵柄とストーリーは本当にため息をつくほどすばらしいものでした。