YASHA-夜叉-、最終話 完結12巻 感想
※ネタバレ注意です※
遂に凜の記憶の中の鬼の正体が分かり、静たちの長かった戦いも大団円を迎えました。そして何より激しく憎み合っていた双子の兄弟がようやく最後の最後で心を通い合わせることができました。その矢先に迎えた凜の死。最終話の凜はこれまでの汚名を全て雪ぐかのようでした。最後は皆仲良くハッピーエンドで終わらせないのは著者の吉田先生の過去の作品から見ても予想していましたし、多くの人の命を奪ってきた凜がその報いとでも言うかのように死を迎えたのは特段不思議でもないのですが、やはり凜が気の毒だったというのが一番の感想です。
もちろん凜は酷い悪役であったことは間違いないです。他者に対しての慈悲が(少なくとも当初は)皆無でしたし、そのために罪のない多くの人々が凜や雨宮らの陰謀の犠牲となりました。しかし、その凜ですら彼の生い立ちや育った環境の犠牲者でした。何といっても養父が鬼の正体ですからね。凛と静の立場が逆だったら静だって同じ道を歩んだかもしれません。容姿も遺伝子も全く同じの双子なのに片割れが幸せで自分が不幸であるなら誰だってその片割れに嫉妬しますよね。凜は悪役であったけれどもそういった嫉妬や自分を認めてほしいという欲求が人一倍強くて静よりも子供で人間臭いキャラだったと思います。
最終話の次のシーンはそんな凜の人間臭さが表れていて思わずウルっときてしまいました。静の身代わりになった凜が養父の雨宮と対峙したシーンです。雨宮はもちろん目の前にいるのが凜ではなく静だと思っています。そこで雨宮は静(凜)に対し「そんなに凜が気にいらなければあいつを処分したってかまわん!――おまえになら私のすべてを託せる!!」と言い放ち、動転した雨宮は静(凜)に対し発砲しました。かわして反射的に発砲する凜、雨宮は銃弾に倒れます。その発砲した凜ですが息を荒げて涙を流しています。更に「急所は外した、さっさとここから出ていけ」と雨宮を見逃す始末です。これまでの冷酷無比な凜からは考えられません。どんなに最低な父親でもやっぱり凜にとっては一人の父親だったんだなと思いますし、その父親から最後まで自分を認めてもらうことができなったその悲しみはいかほどのものでしょう。「2度とおれの前に姿を見せるなあっ!!」と泣き叫ぶ凜は正に父親を目の前に反抗する小さな子供そのものではないですか。
私はこういった吉田先生の人物描写がとても好きなのです。凜(静)は「遺伝子操作によって造られ天才的な頭脳と肉体能力を持った新人類」という大層な肩書がありますが、内面では普通の人間と何ら変わりないということです。父親に認められたい、愛されたい、自分より恵まれた兄が羨ましい、兄になりたいという感情はごく自然なことです。どんなに優れた人間でも感情という根っこの部分は皆一緒、そういった繊細な部分を見事に描かれております。凜が悪役でも憎めないのはこのように一人の人間としてしっかりとした人物描写がされておりその内面を深く知ることができたからだと思います。
凜は雨宮と対峙したその後、油断から陸自の桜井に撃たれます(ついでに雨宮も殺されました)。その際に静と凜はお互いシンクロすることができました。静の眼には凜の眼を通して凜に銃を向ける桜井が映り、桜井は凜がなぜか微笑んでいるのを目にします。静と心を通わすことによって「静になりたかった」という凜の願いが最後の最後で叶ったのです。凜の元へ駆けつけた静は桜井を射殺します。この時の弟を殺され感情の抑制が効かなくなった静もある意味人間臭いと思います。感情はコントロールできませんからね。
そして静は凜の遺体を抱きかかえ「今度生れてくる時は同じおふくろの腹の中からいっしょにうまれてこよう」と別れを告げるのです。この二人が同じ親の元で愛情を受け育っていれば本当に仲の良い双子の兄弟になっていただろうなと思います。ついでに三上や十市も二人の友達として登場し4人で仲良くつるんでいたらなと想像するととても切ないです。可哀そうな凜ですが最後に静と一つになれたこと、爆発を迎える研究所内で三上が最後まで凜の傍に付き添って一緒に死んでくれたことは一人で孤独なまま死んだわけではないということであり、それだけは唯一の救いで良かったなと思います。死んだ後も独りではあまりにも凜が可哀そうですから。
ということで最終回は凜のオンパレードでした。というより凜がいなければここまで深い話にはならなかったでしょう。静は今後「凜」として生き、未だ完全に消えぬ雨宮の陰謀と戦っていくそうです。遺伝子操作や殺人ウィルスによる人口統制といったスケールの大きな話の中に、兄弟間の確執とか家族の愛情といった人間ドラマが最後までしっかりと描かれており読み応えたっぷりな最終回でした。