ホイッスル!、最終話 感想
※ネタバレ注意です※
ホイッスル!!は、サッカーの名門中学から弱小中学に転校した小柄な主人公・風祭将が、仲間たちと共に切磋琢磨しながら、サッカー選手として成長していくいわゆる「スポコン漫画」です。
風祭将は努力を重ね、地区大会どまりだったチームはそんな彼に感化され、少しずつ成長していきます。いくつもの強豪チームを破り、大会を勝ち進んでいきます。そして、将は成長を認められ、やがて東京都選抜にまで登り詰めます。
この作品の最終話では、成長し続けた将の、数年後の姿が描かれています。
作品の最終話手前、将は東京都選抜として参加した大会の決勝で、膝に甚大な負傷を負うことになります。
関西選抜との決勝、白熱する一進一退の攻防の中で将はオーバーヘッドキックでシュートを放ちます。鋭いシュートはゴールに吸い込まれますが、その代償として、彼は膝を痛めてしまうのです。そしてそれは、将の選手としてのキャリアに、大きな影を落とすことに。大好きなサッカーを取り上げられ、将は空っぽな毎日を過ごさなくてはいけなくなります。サッカーを取り上げられることこそが、サッカーに全身全霊を尽くしてきた彼への最大の試練になるのです。
そして最終話では、負傷を克服するため、ドイツへと渡った将が帰国し、年代別の日本代表に召集、そこでかつてのチームメイトや、ライバルたちとの再会を果たし、負傷で止まった時間が再び動き出し、輝かしい未来へと繋がっていきます。そういったシナリオになっています。
私がこの作品の最終話に甚く感動するのは、最後の最後に「負傷」というサッカー選手にとっての大きな試練を憶することなく取り上げた所にこそあります。
というのも、普通のスポコン漫画であれば、ラストはもっと華々しく、ドラマチックな展開に仕上がっていたであろうところ(つまり、普通の作品ならオーバーヘッドキックでゴールを決めて幕が降りる筈なのです)を、作者は敢えて主人公に「試練」を課します。何故なら将はその代償に、膝を壊してしまうのです。
そして、「試練」を乗り越えるには、必ずや「努力」が必要となります。その努力こそが、この「ホイッスル!!」という作品を彩ってきたテーマであったわけです。しかし、「努力」というのは「劇的」という単語には似つかわしくありません。それはもっと泥臭く、地道で、地味なものだからです。しかし、それこそが作品の魅力なのです。
ど派手な必殺技もドラマチックな展開も天才的な才能もありません。そういった「劇的」な一切を排して、サッカーというスポーツのリアルを描く、それこそがこの作品の最大の魅力であるわけです。
そしてそれを乗り越えた時に見える、その先の「未来」への確かな期待感を表現しているのが、「ホイッスル!!」の最終話です。だからラストシーンには「劇的」の2文字は似つかわしくありません。ただ青空の下、広いピッチに怪我から立ち直った将がぽつりと立って、楽しそうにリフティングを始めるだけです。それだけなのに、怖いほど清々しく、そして明るい光明を思わせてくれます。それは一重に、安直にサッカーの「魅力」ではなく、「努力」と「試練」という、サッカーというスポーツのリアルを突き詰めてきた同作だからこそ得ることの出来る、カタルシスだと思います。
そのカタルシスを感じることが出来るからこそ、「ホイッスル!!」の最終話の読後には、大きな清涼感を全身に感じることが出来るのです。
最終話で将が立つピッチの芝生の緑、雲一つない青空に、気持ちの良い春の風が吹いています。最後のシーンに詰め込まれたあらゆる要素が、「試練」を乗り越えた後の、静かな、それでいて清々しい達成感を読者に伝えてくれるのです。