萩尾望都作品集 恐るべき子供たち、最終話 感想
※ネタバレ注意です※
作者独特のモスグリーンカラーの素描ページから、始まります。
少年や少女たちが多く登場してくるのも萩尾望都作品の特性でもあります。
フランスの男子高等中学のマントを羽織った少年たちが、雪合戦をしながら下校していくシーンが、熱気と冷感を感じさせてこの物語の風変りさを予感しています。
純粋な白人とは見えない、エキゾチックなダルジュロスという少年が大きな鷹のように不意に画面に現れてきました。
その表情は悪魔のようでもあり、仏像のような端正さを持ち合わせています。濃い眉毛と漆黒の少し癖のある髪、やや吊り上がった大きな目が印象的な少年です。
白人少年が数多いるなか、彼の周囲だけはモノトーンです。ダルジュロスにケガをさせられた金髪のポールは親友ジェラールに連れられて螺旋階段のある自宅アパルトマンに到着していきます。
玄関に出てきたポールの姉エリザベートの素っ頓狂な対応にもびっくりさせられますが、パリジェンヌのエスプリというものなのでしょうか。
ダルジュロスにケガをさせられたにもかかわらず、ポールはあの神秘的なダルジュロスを追い求めます。
ヒステリックに騒ぐ姉エリザベートの言葉も耳に入らないようです。
そのころ、ダルジュロスは校長に呼び出され、怒鳴られた返しに「こしょう」を投げつけ、退学になってしまいました。
異国情緒の強い彼らしい所業です。
そして、学校に行けなくなってしまったポールは夜な夜な外に勝手に出歩いていってしまう夢遊病になっています。
この物語自体がどれが現でどこまでが幻か時折分からなくなってしまいます。
朝になると、ポールとエリザベートの姉弟はケンカばかりしていますが、レクリエーションと化しています。
そんななか、彼等の「ママ」が亡くなります。目をみひらいたまま、口を大きく開け、イスのひじ掛けをにぎったまま座った状態での姿が一瞬現実を戻されたような感覚に陥ります。
ポールエリザベート、「ママ」と3人で皆、愛し合って暮らしていたはずなのですが、人間模様がこれをきっかけに一気に変わります。
ポールの友達ジェラールはそんな姉弟を心配して、海への旅行に連れ出してくれます。姉弟は、元気を取り戻し、「悪い遊び」に興じて、つかの間の現実逃避を楽しみます。
彼等は、自分の世界エリアに他人が少しでも入ってくることに拒絶をします。
幸せの世界はポールとエリザベートしか人はいないのです。
他は何も視界には入っていないし、入れてはいけないのです。
ルールも規律も彼らの生活にはまるで無意味なものです。
怠惰で緩慢で下品で自由、それが彼らの世界を構築しているだけです。
どこまで、読み進めていっても、ふとこの二人は人間ではなく、何かの精霊なのかなと何度も見返してしまうほど、存在感がないのです。ほんの少しの偶然がつながっているだけで、二人はかろうじて生きているのでしょう。
エリザベートは、洋裁店のマネキンを経て、金持ちのアメリカ人ミカエルと結婚します。
しかし、運命は彼らの中に他人を入れません。
ミカエルは結婚直後事故死します。当然のことなのでしょう。大人は彼らの仲間にはなれないのです。そんなポールも冴えない黒髪のダルジュロスに少し似ている少女アガートに惹かれていきます。
アガートの告白を聞いた途端エリザベートは自分の気持ちに初めて覚醒したのでしょう。
姉エリザベートは画策をして、冴えない親友ジェラールとアガートをむりやり結婚させてしまいました。
しばらく、時は平穏に流れているように見えます。昔のような均衡が戻ってきたようです。
しかし、それもつかの間のことでした。あのダルジュロスが彼らの前に姿を現わしました。空気の流れは一気におぞましいものに変化します。病みがちであったポールはダルジュロスが置いていった毒薬を飲んでしまいます。
そして、助けに来たアガートからエリザベートの企みの真相を聞いてしまいました。
それを知ったエリザベートは追い詰められ、自分の作り上げてきた儚い砂糖菓子のような世界が音を立てて崩れ去ったのを知るのです。
ポールが逝ったことを確かに見届けたら、、ピストルを持ち出し、みずから頭部に打ち込みました。
彼等は現の世界では生きていくことができない妖精だったのです。あの狭いアパルトマンだけが、二人に限られた精いっぱいの天国だったのでしょう。
魂はどこへ飛び立っていったのだろうと不思議でなりません。