池田理代子先生、クローディーヌ…!、最終話 感想
※ネタバレ注意です※
心療内科の男性医師のモノローグで始まるこの物語は、女性向け漫画としては、少し硬さを感じさせます。アラサー以上の年代向けだと考えます。
現代で言うLGBTの視点をテーマにしたものです。
遠近法で描かれた雨の中のパリ、街灯の重厚感がマッチしています。何気ない男性医師の優しげな言葉かけが、冷たい雨の風景で冷えた心をそっと温めてくれます。
暖炉の燃える音が、シーンが室内に移動していることをリアルに知らせてくれます。
診察室に入ってきたのは黒髪の地味な母親と、明るいブロンドの髪をもつ、とても良い身なりをした少女、ブドウのピンブローチで留められた大きなリボンタイがとてもよく似合っています。
首をすっぽり包んだスタンドカラーも彼女の好みのデザインなのでしょう。10歳とは思えぬ堂々とした強いまなざしが、何かを主張しています。
母親だけが、彼女のここへ来たわけを一方的に医師に話していますが、少女・クロ―ディーヌは診察室の大きな地球儀に触れながら無表情にそれをじっと聞いています。目の色にわずかに寂寥感がでています。
ふと、母親の長々とした話をさえぎり、クローディヌは言葉を発しました。「ほんとうに男の子なんだって」と初めて医師の前で静かに、しかし端的な一言を声に出したのです。
以降、医師の問診に正確に答えていくクロ―ディヌという少女はとても聡明な「娘」です。
その短い医師との問答の間に彼女は医師を洞察していたのでしょう。
しばらくして、ずっと伏し目がちであったクロ―ディヌは、はっきりと目を見開き、医師を受け入れていきます。
成長していったクロ―ディヌは、女性たちの憧れの的、なかでもローズマリーという女性は彼女に執心です。
彼女・クロ―ディヌは間違いなく男性です。小間使いでやとわれた小さな黒髪の田舎から出てきた10代前半とおぼしき少女「モーラ」に心奪われていきます。
「モーラ」との触れ合いにささやかな歓びを見出している時のクロ―ディヌは心からの笑顔を表出しています。真から安らいでいます。
時折、クロ―ディヌの父にローズマリーの男性家庭教師からの電話というコマがさりげなくですが意味ありげに差し込まれています。場面は変わり、ある日モーラが自分の父の訃報を知り、暖炉のまえで大泣きをしている姿がありました。クロ―ディヌのなかにずっと潜んでいた男性としての本能に初めて大きな炎をたてます。
「かわいいモーラ!」何度も叫び、一心不乱にモーラを強く抱きしめ、キスを浴びせています。その姿は、女性に対する男性の欲情の発露そのものです。
しかし、母親にそれは露見し、むりやりモーラとは別れさせられてしまいます。
その後も、年齢の離れた女性に恋をしますが、悲恋に終わります。そんなクロ―ディヌをじっとかげから見つめている女性がいます。幼馴染であったローズマリーです。彼女は男性として、否、性を超えた対象としてクロ―ディヌをとらえ、愛しています。クロ―ディヌはローズマリーの気持ちなど意に介してはいません。ある意味一番クロ―ディヌを理解していた女性ではあります。
そして、新たな女性とまた恋に落ちます。あの幼かった小間使い「モーラ」によく似た「シレーヌ」です。彼女は、一旦はクロ―ディヌの全てを受け入れたかのようにみえます。誓いの言葉をクロ―ディヌの前で宣言までしているのです。ゆっくりとした物言いではありましたが。
夫婦同然の生活を、クロ―ディヌにとっては理想の日常を満喫するようになり、安堵した表情もうかがえます。ですが、やはり、クロ―ディヌには男性としての幸福は訪れませんでした。最期に、クロ―ディヌは自身は本当に男性なのだということを医師に主張します。しかし、肉体的に女性に沿うことができない「不完全な男性」と告げられ、生きることを止めました。
このクロ―ディヌの不幸の根源は実父の性癖異常(バイセクシュアル)の連鎖にあったことは、間違いのない事実ではあるでしょう。が、彼女の愛する気持ちは、性差を超えて、深く誠実で聖なるものであったことも真実なのです。最後まで、首元を隠したスタイルで亡くなったのは、愛に対して潔癖でもあったクロ―ディヌのささやかな反発なのでしょう。