さらい屋五葉、最終話 完結8巻 感想
※ネタバレ注意です※
『さらい屋五葉』は江戸時代が舞台となる時代劇漫画です。
「五葉」と名乗る義賊をめぐる物語で、そこに所属する訳アリのメンバーたちが、一歩ずつ足を踏み出す前向きな物語になっています。
複雑な事情が絡み合い、ミステリー要素もある作品ですが、最終話までそれぞれの伏線は回収され、物事が一気に進んでいきます。
その中で注目すべき人物は、主人公の秋津政之助です。
彼の心の変化が最終話のキーとなります。
武家の嫡男であった政之助は、家督を継いでいたものの、そのひ弱かつ極度のあがり症から藩から暇を出され、家督を譲り、浪人となりました。
江戸で用心棒として生計を立てようと試みますが、生来の性格が邪魔をしてうまく行かず、食べるものにも困る始末。
不安定な生活を送っていたところを五葉のリーダーである弥一に見初められ、五葉の悪事に巻き込まれていきます。
初めは流されるままだった政之助でしたが、五葉のメンバーとの関りが増すほど、武士として生活していた頃には手に入れられなかった信頼関係を構築していきます。
必要とされているという安心感から、仲間の力になりたいと願うようになった政之助は、リーダーの弥一が抱える過去のトラウマについて触れ、真正面から向き合いたいと思うようになります。
そこに迷いはなく、以前のおどおどした男の面影はありません。
弱気な侍だった政之助から、真っすぐな強い意志が感じられるようになります。
自分自身の過去に踏み込んでもらいたくない弥一と、彼を過去から解放してあげたいと思う政之助。
互いに一歩も譲らない中、五葉の悪事が明るみになり、リーダーである弥一が罪人として捕まってしまいます。
五葉、万事休す。と思いきや、どんなに厳しい責め苦に合おうとも、仲間の名を語らない弥一。
彼にとっても仲間たちの絆は唯一無二のもので、五葉はかけがえのない自分の居場所だったのです。
身を挺して仲間を守りぬいた弥一は、ひとりで罰を受け、前科者のレッテルを貼られたのち、江戸から追放されることになりました。
ひとり江戸から離れようとした弥一。
住み慣れた町の橋を渡りきると、そこには旅支度をした政之助が待っていました。
弥一は驚きます。
実は政之助は、お世話になっている武道場の師範から、藩への再仕官を薦められ武士として復帰できる寸前まできていました。
弥一はそれを知っており、当然出戻るのだろうと考えていました。
ところが、政之助は願ったりかなったりのはずのこの話を、ずっと保留にしていました。
そして先刻、政之助はすべての答えを出し、弥一を待っていたのです。
自分にとって大切なことは一体何か。
考えに考えた末、政之助が出した答えは、弥一を捕らえた与力の三枝平左衛門と剣を交えたあとに語られます。
私はこのシーンが最終話で一番印象的なシーンなのですが、平左衛門と対峙し、一歩も譲らぬ剣さばきを見せたあと、政之助は背筋を伸ばし、平左衛門の目を真っすぐ見て、腰の二本差しを床に置きこう宣言します。
「某、武士を辞め申す。」
いつも控えめで、頼りない印象だった政之助が、猫背をピンと伸ばし、強い意志で言い放った言葉。
人目を気にしてろくに剣も握れなかった彼の堂々とした戦いっぷり。
覚悟を決め、成長を遂げた彼の姿は胸にこみあげてくるものがありました。
自分が求めていた道を棒に振ってでも、弥一を支えて生きていきたい。
彼と江戸を離れ新しい生活を送ることを、政之助は選びました。
そして先に旅立った五葉の仲間たちと合流すべく、ふたりで大阪へと旅立ちます。
自分自身の暗い部分を誰にも見せることが出来ず、誰にも心を許しきれなかった弥一が、この時初めて涙を見せます。
暗い過去を持ち人を信じる心を捨ててしまった弥一と、過去に戻ることを手放した政之助。
この作品は、ふたりが殻をやぶり、新たな道へと踏み出す再生の物語でもあったと思います。
また五葉のメンバー全員の明るい未来が期待できる、爽やかな終幕でした。