百貨店ワルツ、最終話 感想
※ネタバレ注意です※
「百貨店ワルツ」は、美麗な女性の絵で人気のイラストレーター、マツオヒロミ先生の、初の漫画作品集です。
描かれたのは、大正レトロを思わせる、架空のデパート。
美しい建物に床のタイル、眩しいショーウインドウ。
洋装と和装が入り混じり、お客さまも店員さんも、デパートという非日常空間の華やかさに、夢見る表情です。
もちろん現在には存在しないし、過去に存在したデパートでもありません。
でもきっとこれは、美しいもの、レトロなものを描かれるマツオ先生が心の中で作り出した、夢の集大成なのでしょう。
読んでいると新宿の伊勢丹など、古き良き商業施設を思い出します。
一作ごとに主人公が変わる本作ですが、一貫して描かれるのは、『三紅百貨店』というデパートに集う人達。
店員さんに裕福な若奥様、舶来品に目を輝かせる女子学生……。
皆ドキドキ緊張したり、高揚したり。
読んでいるこちらも、一緒にデパートに来ている気分になれます。
おめかしをして、背伸びをして……。
ですが最終回の主人公を務めるのは、ガラリと変わって壮年の男性です。
【細川】さんという、垢ぬけた洋装の男性作家。
人気者でファンも多いらしく、美しい女性を引き連れて歩いています。
彼がヒロインを見かけるのは、三紅百貨店の人気スポットである大食堂です。
ロココ調の窓の下で女性たちを相手に、「どんな商売をやりたいか」と、思い付きを話す細川先生。
もちろん本気ではなく、「こんなことが出来たら良いね」という、空想談義なのですが……。
「午前中は下駄屋」「昼からは化粧屋」「午後は恋文の夜店」と。
そう語る彼の視線は、はす向かいの席に座る美しい女性に引かれています。
紅茶のカップを手にする彼女は、華やかな模様の振袖に、まとめた髪と髪飾り。
カラー漫画だけあって、絵の一コマ一コマが、じっと凝視したくなる見事さです。
名も知らない彼女は、架空の商売を語る細川先生の頭の中で、いつの間にか彼のお客になっていきます。
下駄屋になった時は、彼女の脚に履きものを履かせてやり。
化粧屋の時は、唇に紅を差してやり……そしていつの間にか、自分達は恋仲に……と、そこまで空想した時。
なんと目の前で彼女は、やって来た男性と連れだって出て行ってしまいました。
どうやら、恋人と待ち合わせをしていた様子。
内心ガッカリした彼ですが、窓の外を歩く彼女の嬉しそうな表情を遠めに眺めます。
そして頭の中で恋をする彼女に、素敵な恋文を売るのです。
まあ、なんてロマンチストな先生!
でも、こういう空想が出来るからこそ、作家になれるのかもしれませんね。
ちゃっかり知らない美女を、想像の中で自分の恋人にしてしまう部分も。
空想失恋というオチも含め、ちょっと三枚目な印象の細川先生。
でも迷惑をかけた訳ではないし、これぐらいはまあ、許される範囲ですよね。
それにしても、艶々と光る美女の唇や、ほんのりと色付いた瞼、長いまつ毛など、どのコマもため息をつくほど精緻で、美しいショットが続きます。
金色のレトロなレジスターや香水の瓶、流線型のドレッサーなど、隅々にまでコダワリを感じられて……。
着物や半襟の色柄、帯留めのデザインなども、とても素敵。
ヒロインの絞りの帯締めなど、あまりに細かいです。
読むほうが良いけど、描くほうは大変でしょうね……。
最後のページでヒロインが着ている、孔雀の羽柄の着物も見事でした。
ちなみにおまけページでは、大食堂のメニューについての説明などもあり、そこも楽しめます。
もちろん架空のデパートなんですが、本当に存在するような気分になって……。
決して安くはありませんが、オールカラーでおまけつき、漫画としても画集としても楽しめる……。
レトロ好き、美しいもの好きの人には、オススメな一冊です。