かわいそうなママ 萩尾望都さん、最終回 感想
※ネタバレ注意です※
おかっぱ頭の小柄な少年、ティムのモノローグから始まります。
激しく降っている雨の中、一人の女性の葬儀が行われています。参列者たちが黒い影であらわされており、しんしんとした孤独さが伝わってきます。静かで落ち着いた弔いです。
少年の年齢は6歳くらいでしょうか。目や鼻・口の配置や等身がとても幼いです。
が、目だけは、とても大人びて落ち着いた光を放っています。彼は泣くこともなく、ずっと、棺の中で眠っている母の遺体を身じろぎもせず、見つめています。
亡くなった母親が両手で抱いているのは何なのでしょう。息子であるティムのフォトでしょうか。夫であるボストン氏も涙ぐんではいますが、冷静に事を受け止めていることがわかります。
静かな静かな雨の中の墓地を「父と息子」が歩いているのは、とても寒々しく、握り合っている二人の手のぬくもりだけが、心に染み入るようです。
マーティン・シーフレイクという変わった名前を持つ若い男性が、これまでに陰鬱さを切り裂くようにさっそうとページにあらわれてきました。彼のもつ空気は明らかに今を生きているものが持つものです。
亡くなったティムの母親・エスタ夫人の墓地で、ボルトン氏、ティムと3人は初めて会います。
ボルトン氏はマーティン・シーフレイクに特別な関心は見せてはいません。
しかし、ティムの目には懐疑が浮かんでいます。マーティンは断片的にティムの母親、とのことを話し出しますが、ティムはなぜか聞きたがりません。
この物語の登場人物のうちマーティンがこの母親の死に一番衝撃を受けているのです。
春、アカシアの木が絢爛に咲いている中、エスタ夫人との最後の別れを克明に記憶しています。
生きているエスタ夫人の姿がやっと垣間見えたシーンです。
セーラー服姿のティムは、マーティンに聞かれるまま、母親の話をしはじめます。
快活にちょっぴり明るい表情です。うれしそうでもあります。
ティムにとって願いをかなえてくれたという1本のスプーンを庭の外に放り出し、マーティンと向かいだしました。気持ちや感情を失くして生きているだけのママ・エスタ夫人のかつての日常を他人のことのように語りだしました。曲線の優美な階段をのぼりながら、ママの部屋に入っていきます。
天井高く、つるされたカーテンを明けるたばね、窓を明けるティムの物腰はとても上品です。いつも母親がその窓辺に座って、空をみていたように、ティムも同じ姿勢をしてみます。マーティンにもっともっとママのことを教えたいのでしょう。
マーティンとティムの母親エスタ夫人は愛し合っていた、しかしほんの少し亡くなったエスタ夫人の心は弱かった、運命は大きくくるっていったのでしょう。それが永遠の別れにつながってしまったということを、ティムは十分わかっているのです。
そして、ティムは少しも父親であるボルトン氏に似ていない、おそらくマーティンの子供でしょう。鼻と口に面差しがあります。
しかし、エスタ夫人はそのことを誰にも言わずに亡くなった、ある意味残酷なひとです。自分の弱さが周囲の愛しい人間たちの人生をも変えてしまった、彼女がそれを認識できていたのかどうかはわかりません。
だから、ティム少年は、ママを突き落とした、殺してあげたのでしょう。それはママを愛してもいたし、二度と会いに来ようとしないマーティンをもう一度呼び寄せてあげたいというティムの願いでもあったのでしょう。
エスタ夫人がずっと座っていた窓辺のカーテンが彼女の言いたかったことや会いたかった気持ちを代弁するかのように、風に何度も揺れているのが哀しいです。
マーティンが帰りがけにボルトン氏に簡単なあいさつをしていました。
そのとき門のそばに落ちていたティムが放り投げたスプーンがキラリと美しく光り、ボルトン氏に何か言いたげです。