オルフェウスの窓、最終話 愛蔵版 完結4巻 感想
※ネタバレ注意です※
やっと愛する人クラウスと出会えた主人公ユリウスではありましたが、悲しいことに彼女は記憶喪失をおこしており、クラウスとの思い出はおろか、自分の事も分からないのは何とも哀しい邂逅でした。
その状況にクラウスの当惑している表情や言動にも切なさがあります。
どうしてよいか分からない彼の混乱した精神の向かう先はあくまで、革命活動なのですが、置いてきぼりになったユリウスの心情を思うととてもかわいそうでならないです。
愛する人を追ってこの凍てつくロシアの大地に危険を冒しながらやってきたのですから。
このころ、クラウスらしくない言動があります。
ユリウスが以前に匿ってもらっていたユスーポフ侯爵の名前を彼が耳にしたとき、我を忘れてクラウスは荒れたのです。このクラウスの表情、とても色気があります。セクシャルでもあります。
「こんどこそおれはもう自信がないぞ」と彼自身も自分の気持ちを止めることはできないほど、ユリウスを愛しているのです。
紆余曲折を経て、ユリウス自身も彼を愛していたという本能はどこかで蘇ってくるのでしょう。
彼等はまた、運命を共にしようと決心するのです。
「この春の一番美しいすずらんをおまえに贈ろう」とクラウスはユリウスにささやき、二人は一つになっていきます。
魂レベルでの求めあうシーンが素敵です。愛する者同士の最高の理想形とも思えます。
「この部屋を花々でうずめよう」これ以上の愛される幸福に満ちた言葉はないです。
しかし、クラウスは活動家です。ユリウスといられる時間はあまりありません。
そんななか、以前ユリウスを保護していたユスーポフ侯が現れ、ユリウスに極秘で忠告します。
クラウスと二人でロシアから逃げろと。
彼も、狂おしいしいほど、ユリウスを愛したのでしょう。
その冷徹な表情の中に一筋の愛が伝わってきます。
男として一番高潔なのはユスーポフ侯と感じます。
愛する女性を守り切れるのは彼のような男性でしょう。
クラウスとは違った魅力のある人です。
ひょっとすると、ユリウスに対する愛情の深さはユスーポフ侯のほうが上かもしれません。
しかし、ユリウスは運命レベルでクラウスを愛しています。
そして革命の状況はどんどんむごいものになっていきます。
それでも、ほんの少しの時間を惜しむように彼らは睦みあいます。
残された時間がわずかしかないことを、どこかで二人は感じ取っているのでしょう。
そのオアシスのようなひと時を大事に大事に味わっていく彼らの生き方にはうらやましさすら感じられます。
ついにユリウスとクラウスは引き裂かれる時がきます。
5年という彼らの愛し合った時間は終止符を打ちます。
最悪な形で、オルフェウスの伝説がこの二人の宿命にもとどめをさします。
でも、彼らは幸せだったはずです。短い日々でしたが、これ以上ないほどお互いの愛を享受していました。
クラウスとの哀しい別れの後、ユリウスはレーゲンスブルクに帰り、また全てを忘れ、廃人同様になりますが、心のどこかでクラウスを探し求めています。
彼女の心の中では彼は死んではいないのでしょう。女の哀しさなのでしょうか。
別の二人ではありますが、アントニーナとミハイルの愛の逃亡劇も大変印象が深いです。
仲間を裏切ってまで、愛に生きたミハイル、必死で彼にしがみつくアントニーナ、この人たちの愛し方もステキです。
国境付近まで逃げた二人、ミハイルが静かにアントニーナに銃口を向ける、でも彼女はこれ以上幸せはないと非常に満足して死んでいきました。
破滅的ではありますが、これも純愛のひとつの形ではあるのでしょう。
惹き合って愛し合うということの幸福感と現実の残酷さの乖離を見た気がします。
愛という物は大変すばらしいものですが、残酷でもあります。