吉祥天女、最終話 完結4巻 感想
※ネタバレ注意です※
前回小夜子に向けて銃を撃った涼でしたが、小夜子は銃弾に倒れることはありませんでした。
それどころか銃は暴発し涼自身が重傷を負ってしまいました。
最後に主人公が死ぬわけがないと思っていましたので、うすうす涼が倒れるのではとある程度予想はしていましたが、見事に的中しました。
涼が使った銃は彼の叔父、遠野一郎氏の狩猟用の銃で小夜子は一度その銃を目にしたことがありました。
小夜子によって銃はすでに細工済みだったわけです(実際に細工を施したのは小夜子の付き人である小川ですが)。
涼はその後病院に搬送されますが祈りも空しく命を落とします。この展開は驚きというより悲しさでいっぱいになりました。
なぜなら涼は物語の中で恐らく誰よりも小夜子の本質を理解しつつ小夜子に惹かれていた人物だと思うからです。
実際由似子と並んで準主人公の立場であったと思います。小夜子から見てもにっくき敵である遠野家の中でも唯一心を許して関わり合える人物だったのです。
私は密かに色々あったけど最後には小夜子と涼がそれぞれ幸せになってくれたらなと思っていましたので本当に悲しかったです。
もちろん悲しかったのは小夜子も同じです。
病室でただ一人涼の死に立ち会った小夜子はそこで涼と幻(?)の会話をします。
「オレは あんたが好きだったんだぜ」と語りかける涼に対し、小夜子は「知っていたわ」と応え、最後に口づけをして別れを告げます。
そしてその後病院の屋上にて小夜子は一筋の涙を流すのでした。
今まで一度も泣いたことのなかった小夜子がここにきて初めて涙を流すのです。
今までもたくさんの人の死がありました。
しかし直接小夜子が手を下したわけではないにしても、小夜子は彼らのために涙を流したことはないですし、自分の行いに対して後悔している様子もなく平然と日常を過ごしていました。
ところが涼が銃の暴発でけがを負った時から小夜子は信じられないほどうろたえ、取り乱し最後には涙を流すのです。
完璧な人間が初めて見せた人間らしさでした。それほど涼は小夜子にとって特別な人物だったのですね。
普段感情を表に出さない分、小夜子の悲しみが痛いほど伝わってくるシーンでした。
しかし、これほど大切に想っていた涼が死んでしまったのは悲しいことですが、このことはある意味小夜子に対する罰でもあるのかなと思いました。
小夜子は自分の家や自身の尊厳を守るために多くの人を死に追いやりました。
小夜子自身が被害者の立場であったこともありましたし、殺された人たちが決して人間的に魅力のある人物とは言い難いという面はありますが、多くの人の命を奪っておいて最後は何もかも無かったようにハッピーエンドで終わるということは許されることではなく、いつかどこかで何らかの報いは受けるのだということを表していたのかもしれません。
物語の最後、小夜子の秘密やこれまでの真相に気づいた人物が一います。それは小夜子の友人由似子の兄、鷹志です。
小夜子の二面性について気づいたのは涼と鷹志の二人のみです。
二面性とはおそらく「同年代の女子から憧れと尊敬の対象となる可憐な女子生徒」と「女という武器を巧みに操り人を支配する恐ろしい魔物」ということだと思います。
この二面性に対し誰よりも嫌悪していたのは小夜子自身だったと思います。
小夜子はその美貌と生い立ちから決して幸せとは言い切れない人生を過ごしてきました。
普通の女の子と自分は違う、自分もこの娘たちのように生きたいというように、自分を呪いながら生きてきたのですね。
小夜子の行なったことは許されないことと思いながらも最後に鷹志は小夜子に次のように告げています。
「あなたはあの時僕に言いましたね、(富を与えてくれる)天女を妻にした男は幸福だったろうか、それとも不幸だったろうかって、僕はきっと幸福だったと思いますよ、きっと後悔はしなかったろうと」。
天女、つまり生身の人間(普通の人間)ではないかもしれないけれど、その人にとっては幸福だった、おそらく小夜子にとってこの鷹志の言葉は救いになった筈です。
自分の嫌悪している部分を肯定されたのですね。鷹志はとても優しいです。
小夜子は確かに不幸だったかもしれません。
それと同時に自分はこうだからこうなんだとあきらめていた部分があったのではないかと思います。
もしかしたら周りに本当の自分を理解してくれる人がいなかったのかもしれません。
それ故にこのような排除するという手段をとって自分の居場所を作るしかなかったのかもしれません。
しかし一連の事件の中で大切な人を死なせてしまったことと、鷹志に掛けられた励ましともいえる言葉のおかげでもしかしたら今後は違った生き方が出来るかもしれません。
そんな余韻を感じずにはいられないラストでした。
小夜子には自分の罪をしっかりと受け止めつつ幸せにと言ったらおかしいかもしれませんが、自分を卑下せず涼の分まで強く生きていってほしいと思います。