萩尾望都作品集 エッグ・スタンド、最終話 感想
※ネタバレ注意です※
「エッグ・スタンド」というタイトルが変わっているので、思わず手に取ってみました。
また、作者がファンである萩尾望都氏ということも魅力的です。
グリーンを基調としたカラー画像が印象的なシーンから始まります。
時は第二次世界大戦下であります。フランス・パリが舞台です。
ルイーズという少女のチェックのロングコートがとても目に沁み入ります。
殺人事件から始まるストーリーですが、登場する人々の無機質な表情がこれからの展開を物語っているようです。なぜか期待感が募ってきます。
戦時下の陰鬱なパリの街の様子がひたひたと読者の心に自然な感覚で入ってきます。
屋根裏部屋の住居での生活ぶりが古めかしくもあり、新鮮でもあります。
なんだか、いじらしいのです。「大麦のコーヒー」というルイーズの放ったワードに興味も惹かれます。
突然あらわれたレジスタンス運動をしている若者、そして身元の知れない美少年という、ほぼこの3人だけでストーリーは淡々とすすんでいきます。
時折、コマの中に描かれた小物や遠景がセリフをささやいているような気さえします。終始非常な静寂感です。
ドイツ軍たちの横柄な行動とは対比的な3人のささやかで落ち着いた生活が、つかの間の安らぎを感じさせてくれます。
しかし、裏腹にはとても冷酷な事実が一つ一つと発現していくのです。
美少年は生きていくためにいとも簡単に人を殺していく殺人鬼です。戦争の下ではよくあったことなのかもしれません。
人の心を失ったかのような少年ではありますが、ルイーズのことだけは守ろうとしたのはどうしてなのか不思議です。
彼は世界で一番愛していた人であったママをも殺せる人間なのに。
人を殺すときの気持ちがよく分からないという少年の感覚がタイトルに関係しているのでしょうか。
ドイツ軍将校の相手をしながら、少年は生きていく糧を得ています。その表情には何もなく、人形のようでもありますが、美しいです。
そして、ルイーズもドイツ兵たちの夜の相手をしながら自身の生活を支えています。ユダヤ人ということがいつバレるかを恐れながら神経はどこかで張りつめているのです。
そんな彼女はいつも緑のコートを羽織り、出会ったばかりの二人と小さな幸せを満喫しています。その時間だけが、彼女の癒しなのでしょう。
惨いものを見すぎているのです。心が戦争や人の死や殺すことを肯定してしまっているのです。心を壊すしかないのです。生きていくためには。
ただ、一人レジスタンス運動をしているフランス青年のマルシャンだけが、かろうじて心の均衡を保とうと苦しんでいます。
正常であるのは最早、彼だけなのかもしれません。
ずっとゲシュタポから逃げて身元を隠していたユダヤ人少女ルィーズも追い詰められる時がきました。
雪の夜、彼女は屋根裏から、上に上がり足を滑らせて6階から落下して死亡します。その亡骸を乱暴にドイツ兵たちは足を引きずらせてジープに載せて走り去っていきます。
最初から分かっていた結果ではありますが、鳥肌のたつ画像です。しんしんと雪は降り、やはり静寂なのです。
そして、マルシャンはあの少年ラウルを探し出し、公園で発見します。
風になびく少年の髪が無情感をさそいます。少年は戦争が血を流している世界がとてもいとおしいと話しています。この異常ともいえる世界に目を背けて生きていくことは不可能なのです。だから、脳が順応していくように仕向けた結果がこの少年の生きざまなのです。
雪はなおも降り注いでいます。二人の肩に白く積もっては消えていきます。とても耽美な情景ではあります。マルシャンは少年を抱きしめながら、引き金を静かに一発だけ弾きました。そして、すべての悲しみを忘れたように雪はやみました。最後のページに描かれた4本の木々が祈っているようです。