ヤマトタケル (山岸凉子スペシャルセレクション)、最終話 感想
※ネタバレ注意です※
シンプルですが、丁寧で細かに描かれた大和・纏向の地の風景から始まります。背景に陰影をあまりつけず、極細のラインでの絵柄が見事です。
この時代の独特の言葉「すめらみこと」や「おおきさき」、「ひつぎのみこ」という呼び名に大和王権の強大さがうかがえます。
高床式で造られている天皇の住居や毛皮の敷かれた座所などに風俗が味わえて興味深いです。
室のところどころに見うけられる銅鐸や鏡などが、このようにして使われていたのかと、読んでいる側からの想像は尽きません。時代考証に忠実に描かれていると感じます。
作者の膨大な研究データに敬意をあらわします。そして、このストーリーの主人公である小碓命(ヤマトタケル)の登場です。滴るような美体を持つ凛々しい若者です。
背丈は2mもあろうかと思われる大きな体格の男性です。長髪と「みずら」が良く似合います。
彼はほぼ同じ容貌の双子の兄がいるようですが、キャラクターはまるで違います。
乱倫な兄に追われた女性を助けてやるところから、彼の誠実さも伝わってきます。
しかしながら、彼は次第に「すめらみこと」の座をねらう人間関係へ巻き込まれていきます。
彼自身は、権力欲がないのにもかかわらずです。単純に肉親の愛情だけを欲しがっている一人の寂しい人間でしかありません。
兄弟争いのもつれから間違って兄「大碓命」を殺してしまいます。
兄の葬列への叫び声がつづく絵は奇異ではありますが、リアルです。
そして「おおきさき」(大后)の差し金で、大和の地を追い払われ彼は熊襲(九州)討伐という大義名分を付けられ遠征にでかけます。
道中、彼は唯一の味方であった伊勢の斎宮である叔母の手引きで「弟橘媛」と結ばれます。とてもさわやかな二人の愛情あるシーンです。
「睦みあい」もつかの間、熊襲へと急ぐ彼には助太刀となる兵はほぼ逃亡しておらず、少年だけが居残ります。
戦いへの行軍は続きますが、随分のどかなものです。
あの有名な神器「叢雲の剣」を叔母から下賜され、見事熊襲の頭領を征伐して大和に無事帰還した彼を待っていたのは蝦夷を討伐せよとの父「すめらみこと」の言葉でした。
権力闘争というものは血なまぐさいものです。この征伐も成功させた「小碓命」ですが、最愛の「弟橘媛」は海神の怒りに触れて亡くなります。
女性は穢れとされているのでしょう。
尾張の国に入り、「小碓命」は国造の娘を差し出されます。
かなりオープンなやり取りが微笑ましくもあります。
古代の日本女性の方が現在よりもそういったことを楽しんでいたのかもしれません。
この娘に神器「草薙の剣」をあずけて伊吹山に蝦夷の征討に向かいますが、蝦夷の装束をまとった「おおきさき」の刺客に殺されます。
天皇の御子であった彼ですが、悲惨な人生しかたどることはできませんでした。
それでも、最期まで彼は実の父親の愛情を欲して一心不乱に天皇の命令に従い功を上げることに努力していました。権力という愚かなものに彼は打ち砕かれてしまいます。
その美しい心を持った「小碓命」の魂は白鳥となって、大和・纏向の地に戻ってきました。
彼を愛した人たちだけが見えるのも不思議なことです。欲にまみれた、この大和の地への一服の清涼剤となり、皆の気持ちも浄化されていきます。
そして、「小碓命」の妻であった「弟橘媛」に男の赤ちゃんが産まれました。
不肖の息子であった「大碓命」の子供ではありますが、同時に「小碓命」ヤマトタケルの生まれ変わりでもあるのでしょう。
全てのコマを通して、この作者の繊細な描き方にとても魅了されます。
有名な古代日本の昔話ではありますが、生身の人間らしい想いや言葉、行動に非常に親近感を感じさせられる作品です。
衣装やアクセサリー、生活様式などにも大変好奇心が湧き、読み応えがあります。