エリカの丘の物語、最終話 完結2巻 感想
※ネタバレ注意です※
幼いころに読んだ漫画は、時を超えて人生の参考書になります。
その一つが、原ちえこさんの「エリカの丘の物語」です。
今よりも数十年ほど昔の、のどかなアルプスのふもとの村を舞台にした、双子の姉妹エリゼ&クララのほのぼのストーリーが迎えた最終回は、大人が子どもに接するあたたかな心が見事な演出となったものでした。
それは、二人が村のおばあさまの家へやってきてから1年が経とうとしている頃でした。
今でいう、小学校4年生か5年生くらいのエリゼ&クララと仲間たちは、まさに思春期を迎えようとしているあたりの年頃です。
この微妙な時期のできごとが、作品前半までのほのぼのストーリーに波乱を巻き起こす種となり、現代でも十分通用する悩み事を登場人物たちが抱えていくようになった後半ですが、その種とは、ほのかな「憧れ」でした。
物静かでピアノを弾くことが大好きなエリゼと、男の子とのケンカも負けないほどの活動的なクララという、とても対照的な双子ですが、エリゼに想いを寄せるやんちゃ坊主・ペータの気持ちを知ってしまったクララは、ペータとエリゼを接近させて仲良くさせようとする作戦に出たのでした。
しかし、エリゼの本命は、さわやかイケメン少年のハンスだったのです。エリゼを困らせてしまったクララは、今度こそとばかりに、またまたエリゼの恋愛成就のために奔走します。
ところが、ハンスの家族を牧場でやとっているご主人様の家の娘・リダは、つい最近村にやってきたばかりのくせにハンスと仲良しの双子の存在が面白くなく、昼ドラのような手の込んだ嫌がらせを双子に仕かけ、ついに双子を決裂させてしまうのでした。
このあたりは、現代の場合、「親友の好きな人」をめぐるトラブルに置きかえられるかもしれません。
Aさんは「本当は親友Bに幸せになってもらいたいから、自分は忍者のように陰でサポートするんだ!と張り切った厚意が裏目に出てしまい、それをよからぬ者につけこまれて利用されてしまう」・・・というパターンであり、またBさんは「積極的になれない自分が恥ずかしいし、しかも好きな人の本命は、実は自分ではなく親友Aの方だったというみじめさ」・・・というパターンでもあります。
前半までのほのぼのストーリーとは思えないドロドロした空気は、双子のお父さんが仕事から戻ってきて、二人を引き取りにおばあさまの家にやってくる・・・という急展開を迎えます。
当然、ぎくしゃくしたままの双子なので「どうしよう・・・」なんて相談がお互いにできるはずもなく、結局最終回直前では、エリゼはパパと都会の家に帰り、クララは「おばあ様がさびしがってかわいそうだから・・・」と村に残ることになる決意をするのです。
確かに、「あの子たちがいなくなったら、私はきっとさびしくて死んでしまうよ・・・」なんて泣いているおばあさまを見てしまったら、クララじゃなくても心が揺さぶられてしまうでしょう。
そして、最終回。本当にこのまま、まさかのパパ登場で昼ドラ並みのドロドロ展開が終息することなく、エリゼ&クララは分かれてしまうのか?というところがポイントですが、ここで注目のキーパーソンが登場します。
それは、おばあさまのメイドさんであるポーリン。
エリゼ&クララにとっては、優しくて朗らかなおねえさん的存在です。
このポーリンの目の描かれ方は、原ちえこさんの魅力の一つと言える「こもれびのような温かさを含んだ目」なのです。
主役は双子をはじめとした子供たちですが、実は二人を預かった当初から見守り続けていた大人たちも、ここにきてしっかりと存在感を示すようになります。
ポーリンは「何か事件があって、エリゼ&クララがなかなかお互い素直になれないすれ違いの日々」をそっと陰から見つめていたようです。
そんなポーリンなので、エリゼもいよいよパパと出発という間際に、ポーリンにすべてを打ち明けたのでしょう。そして、クララへの「ごめんね」という伝言を託したのです。
ポーリンがクララに「あなたの気持ちもわかるけど、エリゼの気持ちを考えてみたことある?エリゼも傷ついていたのよね。クララが自分のために一生懸命だからこそ、どうしたらいいのかわからなくて・・・」と諭すシーンは、最終回中の名シーンです。
「純粋に誰かのために力になりたい」と願う思いは、時として暴走してしまい、大切なものを見失ってしまいます。
それがまさに、今回の事件を招くことになってしまったのですよね。
大切な人のためだからこそ、その人のためにも、ふと冷静にならなくてはならない・・・それは大人たちへの教訓でもあります。
ここで驚くべきことは、これまで言いたいことも言えなかったエリゼが、この問題を解決すべく先に動いたということです。
性格的な部分からしても、エリゼの方がより冷静に問題を受け止めていたのでしょう。
クララに対しては素直に謝ることはできなくとも、あのエリゼがポーリンを通じてすべてを打ち明ける・・・という行為は、エリゼの勇気にほかなりません。
ポーリンのクララへの接し方も、そんなエリゼの勇気を受けての「成長」という期待を込めてのものであったように思えます。
結局、見送りに来たのに間に合わなかったハンスとペータと一緒に、クララがエリゼを追いかけて、やっとお互いに素直になれて・・・二人とも村に残ることになったのでした。パパ、残念でしたね。
リアルタイムで作品を読んでいた時は、主人公であるエリゼ&クララに感情移入していたのですが、大人になるにつれて、おばあさまやポーリン、学校のマリアンネ先生やピアノ教室のフロイデン先生の魅力に引きこまれるようになりました。
子供たちが成長することは、もちろん本人たちの努力や気づきも大切ですが、それをサポートするのが大人です。
厳しくしかるだけが教育ではない、温かい見守りと、子供たちに考えるきっかけを与えることの大切さを、この作品は持っていると思わせてくれる最終回でした。