悪魔が来りて笛を吹く 画 影丸穣也 感想
※ネタバレ注意です※
コマのレイアウトが独特で太い罫線の描写で始まる、ミステリーマンガです。戦後すぐの昭和20年代東京を舞台に物語は展開しますが、そこここにノスタルジー感が溢れています。
いきなり、若い女性の出産シーンを陰影を多く使った絵柄で描かれているのはショッキングです。
が、ただ事ではない重大さは読者に知らせてくれてはいます。
人物描写はやや雑な印象を受けますが、いい味が出ています。そして、かの有名な金田一探偵の出番です。
銀座で発生した宝石店の強盗殺人事件のリアルなコマに移っていきます。
スミを多く使った惨たらしい殺人現場が大胆です。決して写実的ではないのですが、見ているものには現実感が迫ってきます。舞台は椿家(子爵)の豪邸に変わっていきます。
かなり、多くの人間が居住している、あるいは出入りのある邸宅です。
まだ、このまででは最初の若い女性と男性との登場シーンとの脈絡は分かりません。
この屋敷内のインテリアも重厚感があります。
大理石風マントルピースや暖炉、女性の胸像、食事の準備のシーンも正統フランス料理ならではの、テーブルセッティングも型どおりできれいですが、古めかしさも漂っています。
給仕係りの者も細いリボンタイにきちんとスーツを着用しています。
裕福な元華族の見事な生活が垣間見えています。
そして、椿子爵亡きあとの女性当主ともいうべき、あき子夫人の登場です。大変、美しく妖艶であります。
この方だけ他の登場人物とは、にじみ出ている空気が違います。そばには厳めしい老女が控えています。
対比が不思議です。夫人の提案で摩訶不思議な占いが始まるのです。それにしても、変わった占いです。
砂の上におかれた放射状に伸びた棒で死者の魂を呼び戻すという作法は、この洋風の大屋敷にそぐわっていないのです。
このギャップが作者のセンスの一つでしょうか。
占い中に、故椿子爵が製作したフルートのレコードが急に鳴り出すという、細工もアナクロ的で面白いです。
そのタイトルもストレートなネーミングです。
「悪魔が来りて笛を吹く」、確かにこの現場には死者の魂はやってこず、悪魔がきたのでしょう。
いえ、始めから存在していたのかもしれません。訳知り顔の使用人たちの表情に気を留められます。
占いの結果として砂の上に浮かび上がったのは、「悪魔の紋章」三つ巴のような、まがまがしい形です。
これが、この物語のキーポイントになると見えます。そして、また人が殺されます。
ストーリーは日本の西に向かいます。
須磨の元別邸、神戸新開地、猥雑な町の風景や、金田一探偵が聞き込みに応対する人間の、荒い関西の言葉が一連の事件の頑なさをあらわしています。
東京の邸宅では、相も変わらず、美しい女主人あき子が、様々な男たちと情事にふけっているのです。
椿家というのは傍目には高貴で富裕な一族ですが、内部はドロドロに腐敗しています。
その中で何事も無いように「普通」の顔をして日常を過ごしている人々たちが幾重にも取り巻いているのです。
身体にぴったりくっついて離れない汚いものをずっと見せられているような気持ちを読者に感じさせるのも作者の技法・巧さです。
夫人は言いました「私の体の中には虫がいるの。何万も・・・」と。
あの上品な夫人が悪魔ということなのでしょう。
最後の場所となった鎌倉の椿家の別荘で、この家の使用人であった、兄妹が告白します。
これは読者にも思いもよらなかった、内容になると考えられます。
夫人の近親相姦のもとで生まれた子供たちが使用人兄妹であった、そしてその兄妹も近親相姦を行っていたこと、この事件の動機です。
その兄妹にもくっきりとあの「悪魔の紋章」が体に出ていました。事実は想像を超えていました。
この一族はまぎれもなく、悪魔の子孫たちなのでしょう。
オムニバス的な物語の進め方ですが最後に一本の糸となるのはさすがに一流の推理作家の構成と感じ入りました。