結末

少年は荒野をめざす 最終回 6巻 ネタバレ注意

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少年は荒野をめざす、最終話 完結6巻 感想

※ネタバレ注意です※

狩野の手を取り地下鉄のホームから飛び下りる陸。二人は二人の望む通りにこのまま死を迎えるのか。

衝撃のラストで前回は終わり、二人はどうなったのか非常に気になる展開で最終話はスタートしました。このままバットエンディングで終わるのか、ページをめくると二人は無事でした。電車が来たホームと反対側のホームに落ちたようです。取り敢えず最悪のエンディングは回避されたのかと一旦安堵しますが、先の展開はまだ分かりません。「俺達って最低」と言いながらも二人の「死」への希望はまだ消えてはいないからです。

死にたいだなんて馬鹿なことを言っている、所詮子供の飯事だ、と世間からバッシングを受けそうな二人ですが、私はこの「死にたい」という感覚は誰でも一度は人生の中で味わう一つの通貨儀礼のようなものだと思っています。アイデンティティーの崩壊と確立というのでしょうか。誰でも自分とは何かということや、理想の自分と現実との対比の中で苦悩することを大なり小なり経験するかと思います。その中で自分の行くべき道が見つからない、どこに向かえばいいのか分からない、居場所がないと思った時に、それは時に死を意識させる絶望にさえなり得ると思います。本当に簡単に言ってしまえば現実逃避ですね。でもそういうことを繰り返して人は大人になっていくのだと思いますよ。

狩野と陸が「どうして死ねないの」と話すシーンでは、恐らく死ぬことは意味がないと分かっているのにどうしようもない痛々しい気持ちが著者の美しいタッチで描かれ、二人の苦悩がありありと表現されています。二人の真面目で不器用、繊細な気持ちが伝わってきてとても胸が締め付けられると同時に、何かもやもやとした思春期特有の懐かしい感覚が思い出されました。

二人が最後に行きついたのは高校の校舎の屋上でした。そこで陸は狩野に思いのたけを吐き出します。「知らなくてよかったんだ――狩野に会わなければ俺はあのままでよかったんだ」と、恐らく陸が一番感情をむき出しにした瞬間ではないでしょうか。陸は狩野の中に「解放された自分」を重ねていました。今まで表面上だけ取り繕って本意から目を背け、そうすることで抑圧された自分を良しとしていたのに、狩野に出会うことで当たり前と思っていたそれらが崩されたんですね。自分を取り戻したことで苦しみもまた生まれたのですが。

そんな陸を見て狩野は自分がいなくなれば元に戻るのか、陸は家に帰ることができるのかと問い、一人で屋上から飛び降りようとします。落ちかける狩野の腕を陸はとっさに掴みますが狩野は屋上からぶら下がり二人はパニック状態、その後駆けつけた大人たちによって無事保護されました。こうして二人の逃避行は終わり現実に戻されたわけですが、狩野は腕を離してくれなかった陸に「死ぬ気なんかないんじゃない――連れてってくれるっていったのに、うそつき」と告げとても悲しそうです。狩野もまた陸に自分の理想を重ねて見ているわけですから一緒なところへ行きたかったんでしょうね。陸は陸であって狩野ではないということを思い知らされた瞬間でしょうか。

その後家族や友人たちに思いっきり叱られ、心配されていたことを知ります。色々複雑で難しい悩みはあるものですが最後に救いになるのはやはり自分を必要としてくれている周囲の人々の存在なのではないでしょうか。一人ではないと分かるだけでどれだけ自分が狭い世界にいたか思い知らされますよね。それだけに実の母親から「あなたを生んだのが間違いでした」と言われた陸は可哀そうです。思えば陸の実の父親についても陸の家ではタブー視されていたようですし、自分の出自を否定されては自分を抑圧するしかないですよね。

それでもこの一連の大事件を契機に陸と狩野はそれぞれ自分自身を認めるということができました。陸は実の父親に会いに渡米することを決め、狩野は女の子である自分自身を受け入れるようになります。「鏡だったのかな――同じ夢を見たね」と向き合って話す二人のシーンがとてもきれいです。二人はもはや自分の理想という言わば自己愛を投影する対象ではなく、「狩野」と「陸」という個人として存在します。狩野が陸に口づけをしたシーンはまさに狩野が陸を「陸」として見て、そして狩野自身が女の子である自分を取り戻したことを象徴しています。二人がこれから恋愛を成就していくのかは不明ですが少なくとも傷つけ合うことはなくなるでしょう。こうやって人は成長していくんだなとしみじみ思います。いつか大人になった時にこんなバカなことしてたよなと笑い合える大人になってほしいです。

ということで最後まで切ないかつ、思春期特有の繊細な感性が美しく表現された物語でした。最後に登場する狩野の著書『少年は荒野をめざす』の一節は本当に好きです。もはや純文学ですね。著者の文学的表現のセンスに脱帽します。


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