池田理代子先生、パラノイア・ズライカ、最終話 感想
※ネタバレ注意です※
「ズライカ」というあまり聞きなれない女性の名前が少し、印象的です。この名はどんな意味があるのか調べてみました。ドイツ圏の女性にはよくある名前であるようです。何となく逞しく、自由奔放なイメージを抱きました。
巻頭ページから、裕福な少年のほがらかな笑い声から始まります。壮大なお屋敷を取り巻いて、広々とした緑あふれる森林や草原のなか、2人の少年と少女が登場します。初夏のまばゆい光の中、なんの屈託もなく彼らは遊びに興じています。思う存分走り回り、抱き合い、追いかけあい、現実生活の穢れからは対極の世界に生きています。
彼等の名前は「カール」、「コンラート」、そして「ズライカ」。次のページには大木の枝に深く腰を掛け足を軽く組んだ天使のような美しい女性が、唐突にあわれます。バラがたっぷり載せられたボンネットが見事です。しかし、彼女の表情は憂いを含み、何か言いたそうでもあります。少し、目には涙を溜めているようでもあります。成長したズライカです。
売笑窟をやっているマグダレーナばあさんの、たった一人の孫娘、それが彼女の経歴です。本名はマリアンネ・ブルーメ、なぜ彼女はズライカと呼ばれたのか、かの有名な詩人ゲーテの恋人の名前にちなんで、そう呼ばれることになったのです。イスラム文化のなかで「最も知性あふれる女性」という意味があるようです。ゲーテは既婚であったかなり年下の女性にズライカと名付けて呼んで愛していたとのことです。
カール、コンラート、ズライカの3人の関係は運命的でもあることが伝わってきます。
ある日、ズライカがカールと愛し合っているのをコンラートは目撃してしまいます。自分が貧しかったカールに世間的価値観で勝っていたと思い込んでいたことは「いやしさ」だったと悔恨しています。なかなか、聡明な若者です。
そんななか、大戦がはじまり、カールは招集されていきます。そして、カールは帰ってはきませんでした。その時おそらく、コンラートの心の中にはカールへの勝利感で一杯だったでしょう。自分には多くのカードがあると踏んでいたことでしょう。
しかし、ズライカは少しもコンラートに心を寄せることはありませんでした。あいも変わらず、カールへのお墓参りをかかせません。土砂降りの雨の日でもカールの面影を追って墓の前に立っています。カールとズライカとの間の約束を守るために。
「先に亡くなったほうが幽霊になって、相手を訪ねることにしよう」という二人だけの作った壮絶な約束をコンラートに告白します。本気でいっているのか、それともズライカに別の意図があるのかは測りかねる言葉です。それを聞いてヤケになり、売笑窟で女を抱くカールには、いささか共感を持ちます。
しかし、なぜか、コンラートはしつこくもズライカと結婚に持ち込もうとするのです。あきらかにもういないはずのカールへの嫉妬、男としての本能が爆発しているのでしょう。
しかし、ズライカはこのプロポーズに残酷な言葉を投げつけます。「だけど、あなたはカールじゃあないわ」と。あの、泣きそうな眼差しをコンラートに向けてか細い声で言うのです。
まるで、コンラートをあおっているようです。
コンラートの心はこれで、決心がついたようです。ズライカの心を欲しがることは諦めました。
体だけでも自分のものにしようと。
彼も亡きカールの呪縛に狂いだしています。ある夜、コンラートはズライカの部屋に忍び込み、カールが戻ってきてくれたと勘違いしたズライカと関係をもちます。
そして、ズライカは妊娠します。カールの子供だと何度も何度も世間に言い放ちます。
しかし、コンラートだけは知っています。自分の子供ということを。
我が子を引き取るとまで言わせた彼をやはり、ズライカは突っぱねます。
なにもかも諦めたコンラートは許嫁であったゾフィとの結婚をついに決めました。
コンラートが全ての想いを断ち切った時、ズライカがついに本性をあらわしました。
彼女はまた、土砂降りの雨の中、息子を連れてコンラートのまえにあらわれたのです。
ズライカは「カール」と「コンラート」の二人の人生を自分だけのモノにした魔性の女だったとしか思えません。同じ女としてうらやましい限りです。