月の子 MOON CHILD、最終話 文庫版 完結8巻 感想
※ネタバレ注意です※
この作品のラストを読んだときの衝撃は忘れられません。
自分を悪者に仕立て上げるために、大好きなアートの夢を自らの手で奪い、自分を殺させるように仕向けるジミー。
ジミーがまるで救いを求めるかのように車に轢かれにいくシーンにも鳥肌が立ちましたが、「愛する者に自分を殺させる」という選択はその上を行く壮絶さで、胸が詰まるような気持ちになりました。
ほんの少し前まで子供でしかなかったジミーが、そこまでせざるを得ないような状況に陥ってしまったことがとても痛ましく、読んでいて苦しくなります。
触れれば壊れてしまいそうなほどの繊細な美しい絵柄で描かれているからこそ、ストーリーの壮絶さと痛々しさがより一層浮き彫りになっています。
そして、ジミーの願い通り、ナイフを手に握るアート。
その悲劇的なシーンは、物語のテーマでもある「人魚姫」と重なります。
しかし、アートのナイフがジミーを刺し貫くことはありませんでした。
アートはジミーの代わりに、自らの体にナイフを刺し込んだのです。
これもやはり、愛する者の為に自らの夢や命までもを投げ打つ「人魚姫」の一幕を彷彿とさせます。
しかし、一人間でしかなかったアートの愛が奇跡を呼び起こします。
奇跡を起こしたのは他でもない、ジミーです。
アートが引き金となり、ジミーが起こした奇跡によって、アートは一命を取り止め、ジミーはただの人間の子供になり、人間になったジミーの代わりにセツが女性化してショナの子を宿します。
チェルノブイリ原発は事故も起こらず、戦争も起こらず、晴れてただの人間同士となったアートとジミーは、将来結婚を誓い合う仲になりました。
おとぎ話もかくやというほどの見事なハッピーエンドです。
ショナとティルトの死は受け入れられなければなりませんが、おおむね全員にとって最も望んでいた結末へとストーリーが進行しています。
しかし、「めでたしめでたし」で終わらないのがこの作品の怖ろしいところです。
チェルノブイリ原発事故で死ぬはずだったアレクセイと再会し、少し経ったところで、ジミーは唐突に恐ろしい幻覚を見て倒れます。
「夢」の姿を取ってジミーの頭の中を駆け巡ったのは、チェルノブイリ原発の事故が起こり、罪なき人々がたくさん死んだ世界の映像。
その世界では、アレクセイは少年の姿に成長することなく、幼子のまま、事故の影響で苦しみながら死んでいきました。
さらに戦争が起こり、たくさんの人々が死に、世界はもうどうしようもない状況にまで陥ってしまいます。
しかし、ジミーが目を覚ますと、そこには少年の姿のアレクセイと、優しいアートの姿が。
ふたりは取り乱すジミーを優しく諭し、「それは夢だよ」とささやきながら、ジミーを再び穏やかな眠りへと誘います。
そして、ラストに描かれたのは、水の惑星越しに見る地球の姿。これは、現実なのか、暗喩なのか。
どちらにしても、ジミーが夢で見た「チェルノブイリ原発の事故が起こり、戦争がはじまり、たくさんの罪なき人たちが死んでいく世界」が真実であり、ハッピーエンドを迎えたジミーの物語はIFの世界、もしくはジミーの夢の世界なのではないかと思います。
繊細なタッチで、どこまでも美しく、切なく、時にはコミカルに進んできたこの物語が、こんな不穏な結末を迎えるとは思ってもおらず、この衝撃はいつまでも忘れることができません。
この物語は、ハッピーエンドと言い切ることはできませんが、バッドエンドともまた、言い切ることはできないと思います。
ジミーはこれからも、夢物語を「現実」だと認識しながら生きていくでしょう。
しかし、それが悪いことだとはどうしても思えないのです。
救いがない世界でも前を向いて生きていくには、ジミーにはこの「夢」が必要なのだと思います。