いくえみ綾さんの漫画には本当に名作が多く、それぞれの作品にファンの読者がいらっしゃるかと思いますが、数あるいくえみ作品の中でも私が大好きなのがこの「君の歌がある」です。
主人公永見子の高校から短大時代の恋愛を周りのユニークな環境を交えて描かれているこの作品。
10代後半から20歳前後の大人と子どものはざまといえる時期独特のやるせなさとロマンティックを両方兼ね備え描いています。
主人公の永見子と対照的に描かれるキャラクターが、同級生でインテリ優等生キャラの友里。永見子の彼氏となる要士の兄と付き合っている…のですが、読者には物語の早い段階から友里と要士に過去何かがありそうだな、ということがわかります。
最終的には友里と要士には、かつて一度だけの肉体関係があったことが明かされてしまうのですが、その事実が分かった時の永見子の友里に対する表情と「あたし、あんたを許さない」という一言には少女漫画らしからぬ(?)すごみとインパクトがありました。
確かにこの話がもし実話なら、もし自分の身に起こった話なら、と考えると、精神的なショックが大きすぎて普段の自分では考えられない言動をしてしまうのも理解ができます。このリアリティと生々しさがいくえみ綾さんの作品のすごさだなぁと、「君の歌がある」を初めて読んでから長い月日が経ったいまもしみじみ思うのです。
もちろんこの作品には、修羅場だけでなく、恋愛中のキラキラした空気感たっぷりのシーンもたくさん登場します。
バンドマンである要士がライブハウスで、派手な雰囲気の知らない女性と親しげに話しているのを目撃した永見子。その女性が要士に渡していたライターを要士本人に目の前で、ゴミ箱へ…!無断で人のものを捨てるという勝手な行動をした永見子に要士は怒り、その場から立ち去ります。
嫉妬という感情にまかせた行動と、それをストレートに出す素直さは、大人から見ると考えられないことではありますが、このある意味「どうしようもなさ」が若い恋愛の特権のようにも感じ、こんな感覚をすっかり忘れてしまった最近では、羨ましくも思う私です。
結局この事件?は、永見子が捨ててしまった、もらいもののライターを要士はゴミ箱から拾い、拾ったライターを永見子に届ける、ということで仲直りを迎えます。ちなみに永見子は元々知らない女性のものだったこのライターを、夜空に遠く投げ捨てて、気分をスッキリさせるのでした。
また最初に書いた友里と要士の過去の秘密。それを知った永見子が体調を崩してしまい運ばれた病院の病室でのやりとりでの要士の言葉も印象的です。
「はっきり言って、夢中なんだな!」
常に自分のペースで動く要士ですが、大切な場面では彼女にこんなストレートに愛情を伝えることが出来る素敵な男性でもあるんですね。
その時の永見子は、まだショックが大きく要士の言葉を素直に受け入れることが出来ずに、2人は一度別れてしまうのですが、最後には要士が旅立った東京にまで追いかけていき、復縁を果たします。
補足情報ですが「君の歌がある」に登場する男子は要士だけでなく、友里の彼氏として登場する要士の兄や、優しいけどちょっと頼りない要士の弟で構成される可児田三兄弟それぞれが魅力的なんですよ。
物語の中では、永見子が母と再婚した義父や義理の妹と一緒に暮らす実家に居場所を見つけられない様子を見せる場面や、一度は疎遠になった友里と親友のように心を許しあう様など、ただ恋愛を描くだけでなく、主人公たちの世代に変わらず流れる、若者ならではのモヤモヤした青春に空気を味わうことが出来、それが私が何度もこの漫画を読んでしまう理由だと思っています。
青臭いほどの青春の生々しさと、20歳前後の恋愛感情の不安定さと楽しさ、そしていくえみ綾さんの作品の特徴でもある素敵な男性キャラクターの魅力を存分に堪能できる「君の歌がある」。ぜひ一度読んでみて下さいね。